そぞろごと

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PPMの世界観

最近よく見かけるような気がする言葉に、「世界観」というのがある。われわれ旧弊人からすると、世界観といえばドイツ語のヴェルトアンシャウウングの訳語であって、もともとは哲学用語なのだが、それがだんだん拡張されて、人生観やら価値観というような意味合いをもつ場合もある。しかし、最近の若い人が使う世界観という言葉は、そういったものとは違うようだ。かれらはいったいどういう意味でこの言葉を使っているのだろうか。

ところで、いきなり話が逸れるが、最近ピーター・ポール&マリー(略称PPM)のファーストアルバムを買ってきて聴いてみた。もう半世紀以上も前の作品で、時代的にはビートルズ以前ということになる。さすがに私の先輩でもリアルタイムで聴いている人はいなかったが、それでもときどきは話題に出ていたように思う。私の中では、フォークソングの草分け的存在で、古くさい牧歌的な音楽をやってるんだろう、というくらいの認識だった。


Peter, Paul And Mary

Peter, Paul And Mary


じっさいにCDを聴いてみたところ、私の認識はおおむね外れてはいなかったが、重大なところで思い違いをしていた。それというのは、メンバーそれぞれがとてつもなく高度な演奏力をもっていることと、かれら三人の結集による相乗効果で、その演奏が通常のフォークとは別次元の高みにまで達していることだ。

別次元というのは、別乾坤といいかえてもよく、つまるところまったく知らなかった世界がそこに開けていることを意味する。簡単にいえば、PPMの世界、ということになるのだろうが、こういう場合、「世界」の一語では、その全領域を覆い尽し得ないようなところがある。

そういうときに、世界にもうひとつ「観」の字を加えて、「世界観」とするのではないか。「方法」をもったいぶって「方法論」という人がいるように、たんに「世界」といえばすむところを、強調の意味合いをこめて「世界観」といっているのではないか。

方法が方法論とは異なるように、世界と世界観とは別物だが、若い人々はそんなことにはおかまいなしに、文字数が多く、かつ耳遠ければ耳遠いだけ、説得力が増すと思っているらしい。「すべからく」を「すべて」の意味に使うのは、その典型だろう。

というわけで、私とって、最近の「世界観」がどうにもなじめない気がするのも、当然のことなのである。