本の余白に

読書メモ

ホッケの本の余白に

サンタナの名曲に哀愁のヨーロッパというのがあるが、私の場合は郷愁のヨーロッパだ。ヨーロッパというものがもはやノスタルジーの対象でしかなくなっている。

先日読んだ「かたち三昧」に導かれるようにして、本棚からホッケの「迷宮としての世界」を取り出して拾い読みする。たとえば「ルドルフ二世時代のプラーハ」。この熱っぽさ、人を惹きつける魅力はどうだろう。

「もしもヨーロッパに、国家的地方的独自性によって化学的に精製されたマニエリスムの百科全書的環境が、かつて一度でも存在したとすれば、それはルドルフ二世時代のプラーハにおいてであった」

こういう名セリフにかつての私は酔っていた。そうだ、私にとってのヨーロッパはこの本のなかにすっぽりと収まっている。

この本は副題に「マニエリスム美術」とある。マニエリスム越しに眺めるヨーロッパとは何か。私の印象でいえば、それは反ヨーロッパでもなければ非ヨーロッパでもない。まぎれもない正統的ヨーロッパ精神の、ただし夜の顔なのである。

私はこの本のなかのヨーロッパ、つまりヨーロッパの夜の顔さえじゅうぶんわがものにできなかった。そして、ヨーロッパにはさらに昼の顔があるのだ。

われわれにとってヨーロッパとは、近づけば近づくほど遠のいて行く風景なのである。

そう思いながら読むホッケのなんと甘く、そして苦いことか。ほとんど息苦しさをおぼえるほどだ。

この息苦しさは、ノスタルジーにつきもののそれである。私のヨーロッパが郷愁のヨーロッパになり果てているのは、このことからも分るだろう。


迷宮としての世界(上)――マニエリスム美術 (岩波文庫)

迷宮としての世界(上)――マニエリスム美術 (岩波文庫)