本の余白に

読書メモ

ある詩集について

1943年(昭和18年)に、25歳の青年が出した詩集「カンブリア紀」と、その後に書かれた詩やエッセイを合わせて一本としたもの。題名だけ見て「どんな詩集か?」と興味をもつ人がいるかもしれないので、ひとこと書いておけば、ここに集められた詩文はいわゆるカンブリア紀とは何の関係もない。

昭和18年の詩集の後記に、

冥濛ノ広野ハツヅク──「カンブリア紀」ト題シタ所以ハココニアルノカモシレナイ

とあるから、著者としてはこのカンブリア紀という言葉になにか象徴的な意味合いを込めているのかもしれないが、少なくとも私には伝わらなかった。

唯一、太古の世界を歌った「カンブリア紀」という詩篇があるから、これを紹介しておこう。

カンブリア紀──若山牧水



眼のなき魚が棲めるというのは
海底が彼女を
他の生き物とひとしなみに
受け入れてくれるからだ


彼女の大先祖の三葉虫がいた頃は
カンブリア紀──それはもう五億数千万年前の杳かな遥かな大昔


そこにはもう還りようもないが
進化したはずのヒト類=ホモ・サピエンスが 愚劣な戦争を繰り返すかぎり
──富める者と強い奴が君臨していくかぎり
眼のなき魚は 地上には勿論、海面、海中にも棲めない
いちど みんな 地球から亡んでしまって三葉虫となり
海底から出直してみては


すでに ミッドウェイは dead-way に、ガダルカナルはガタガタニナルし
揚句の果ては そこから "転進" に
アッツはアッと "玉砕" ──瓦全ならず
いたるところ 水漬く屍 草むす骸


"聖戦完遂" を 眼の無き魚は
あざ嗤っていたろうに



──海底に
眼の無き魚の
棲むという
眼の無き魚の
恋しかりけり  
牧水


後のほうには現代の風潮を批判したエッセイ風の作品が並ぶが、私がおもしろいと思ったのは、たとえばこんな詩句。

生活保護者といえば白眼視されがちだが
天皇は衣食住とも どだい 金満大尽だ
だから 日本一の生活保護者だ
(「天皇考の若干」より)


詩集 カンブリア紀

詩集 カンブリア紀